神が自らの愛を注ぐ対象

投稿者: Ιωνάς 投稿日:

神は溢れる愛という性質を内包している存在であるため、その愛の受け皿、愛する対象として私を創造したのかもしれない。そうであれば、私が第一に優先すべき仕事は、まず、その神の愛を拒否せずに理解し、受け入れることである。

このような創造理解は、神の愛の受け皿・対象を、神ご自身が「必要」としている点で、神の自律性、非依存性との関連が問題となる。つまり、神は私を創造しない自由は所有していなかったことになる。

思うに、神は自律していなくても神でありうるのではないだろうか。神が献身・犠牲を伴うという愛の存在であることは、キリストによって示された。

愛と自己完結とは両立しえない。愛は、三つの位格内で内在的に閉じたものではあり得ない。神は被造物を愛しておられる。

カテゴリー: 神論組織神学

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